グリーフについて

 大切な人を亡くされた人は、悲しくて涙が止まらない、怒りがこみあげる、何もしたくない、というようなことを体験することがあります。この私が体験していることは”普通”のことなのか、と感じる方もいらっしゃるかもしれません。ここでは、大切な人を亡くされたあとに感じるさまざまな反応について説明します。

グリーフとは何かを知る

 グリーフとは対象喪失(※1)に対する精神的、行動的、社会的、身体的、スピリチュアル(※2)な反応,その経験のプロセスをさします。また、グリーフは、喪失に対する個人的な経験であり、喪失とは死のみをさすのではありません(Rando, 1993)。

 グリーフは、深い悲しみと、亡くなった人と一緒にいたいという強い切望によって特徴づけられます。これは、時間の経過とともに波のように変化する喪失に対する通常の反応です。時間が経つにつれて波は頻度と強度が軽減する傾向があります。

 グリーフは深く、非常に個人的なプロセスであり、悲しみ方も人それぞれ異なります。悲しみ方に、「正しい」も「間違っている」もなく、それを乗り越えるための魔法のような時間枠もありません。同じ子どもの死を悲しんでいる親であっても、同じように悲しむ人はいません。

 もし、子どもが最近亡くなった場合、最初の数ヶ月に特に強い感情と身体的な反応を経験するかもしれません。これは時折、我慢できないように感じることもあるかもしれません。これらの感情の多くは時間とともにやってきては去り、変化していきます。絶望的な悲しみを感じるかもしれませんし、圧倒されることもあれば、完全に孤独を感じることもあるでしょう。怒りや罪悪感、後悔を経験する親もいます。子どもの最後の数日または数週間の出来事を何度も繰り返し考えることもあります。

(※1) 対象喪失:死だけを指すのではなく、離婚や別離、ペットの死、病気、身体の一部の喪失、引っ越し、転校、失業、自尊心といったことも含まれます。
(※2) スピリチュアル:感覚的な現象を超越した経験に関する人間生活の側面を指します。これは"宗教的 "とは同じではありませんが、多くの人々にとって、人生のスピリチュアルな側面には宗教的な要素も含まれています。(WHO, 1990)

グリーフに関連した用語

・悲嘆(邦訳)
広辞苑6版「悲しみ嘆くこと」→限定的。grief(グリーフ)のもつ様ざまな反応や心身症状を掬いきれないため、私達は、原則、“グリーフ(grief)”という言葉を用います。
・喪(mourning)
大切な人の死に適応していく過程、悲しみを表現する行動的、文化的な反応(Worden, 1991)
・Bereavement(死別)
死別によるグリーフのことをさします。死によって大切な人を喪失した人の客観的状況をいいます。
GriefとBereavementの図

anticipatory grief(日本語では、「予期悲嘆」と表現されています)

 亡くなりゆく人自身、そしてその家族メンバーや友人など、大切な人の死を前に、その死による悲しみを予期して嘆く状態(予期しておこるグリーフ反応)をいいます。 予期悲嘆の経験は、別離不安・孤独感・否認・悲しみ・失望・怒り・憎しみ・罪責感・疲れ・抑うつなどの幅広い感情を含みます。(Walsh & Mcgoldrick,1995)

複雑性グリーフ(診断名 ICD11:遷延性悲嘆症)

 グリーフワークが死別後数ヶ月以内に始まらない遅延されたグリーフや、グリーフが強く長期に継続する慢性的グリーフ、回避されたグリーフなどをいいます。 複雑性グリーフは、通常のグリーフと区別され、薬物療法や精神療法といった治療の対象となります。

複雑なグリーフを助長させる因子

●突然死・予期せぬ死、若い人の死、長い経過をたどった病死
●死は防ぐことができたという思いを持っている時
●亡くなった人との矛盾のある関係、不十分なサポート
●いくつか重なった喪失、解決されていないグリーフ、経済的困難

グリーフの反応について知る

 グリーフは、感情的なものだけはなく、心理的・身体的症状を含む情動的反応を含みます。

身体症状
睡眠障害や食欲減退、疲労感、泣くことなど
情動的反応
悲しみ、怒り、抑うつ、不安、無気力感、罪悪感、自尊感情の低下、孤独感など
知覚的反応
非現実感、幻覚、侵入的想起など、疲労感、泣くことなど
行動的反応
混乱・動揺、集中力の低下、探索行動など

(坂口, 2005)

 子どもの死後すぐに、さまざまな感情的・身体的反応(※)を経験することはよくあることです。これらの反応の多くを経験することもあれば、ほんの少ししか経験しないこともあります。最初の数週間で和らぐ反応もあれば、何ヶ月も続いたり、数年後に再び現れることもあります。

 最初のうちは、感覚が麻痺していることに気づくかもしれません。まるで霧の中にいるような、あるいはただ流されているかのような。ベッドから起き上がり、服を着るだけでも、圧倒されるような作業に感じることがあるでしょう。時には、自分の考えや感情を一人で抱え込みたくなるかもしれません。友人や家族から距離を感じることもあるかもしれません。周囲の人が助けてくれるかもしれませんが、自分が何を必要としているのかわからないかもしれません。お悔やみの連絡や、お見舞いに立ち寄ってくれた人を覚えていないかもしれません。きょうだい児がいる場合は、他の子どもたちの世話にかかりきりになり、子どもたちの生活をできるだけ正常に保とうとするかもしれません。感覚が麻痺したり、"ハラハラ"したり、一日があっという間に過ぎてしまうかもしれません。

 こうした感情を我慢するのは難しいかもしれませんが、子どもの死という現実を受け止めようとするあなたにとっては、どれも正常な反応です。

 グリーフには多くの困難な感情を伴うでしょう。物事が以前の「普通」に戻ることはないかもしれませんが、時が経てば、あなたの感情は再び耐えられるようになると思います。子どもがいないこと(旅立ったこと)に適応するためには、新しい日常生活を築き、新しい未来を思い描き、自分と家族の新しいアイデンティティを確立する必要があるかもしれません。

(※)感情的・身体的反応の具体例

  • すぐ涙があふれる
  • 子どもへの憧れ
  • 疲れを感じる
  • 他人に対する寛容さが失われる
  • 不安やパニックを感じる
  • 圧倒される
  • 孤独を感じ、他人から切り離されたように感じる
  • 自分をコントロールできない
  • 自分がおかしくなりそうだと思う
  • 決断が難しい
  • 死んでもまた一緒にいたいと思う
  • 子どもの夢を見る
  • グリーフの波のようなパターン

 グリーフは波のようなパターンをたどり、時間の経過とともに波の強さと頻度が小さくなっていくかもしれません。しかし、時折、より大きな波や「引き金となる波」(通常、強い感情を伴う)が、思いがけないときにあなたを不意打ちすることがあります。このような引き金には、亡くなった子どもを思い出させるような同世代の子どもを見かけたり、BGM等から流れる歌を聞いたりすることが含まれます。誕生日や祝日などの重要なイベントも、予期して計画を立てていたとしても、感情が高まることがあるかもしれません。

 グリーフが波のようなパターンをたどることを知れば、なぜ良い日と悪い日があるのかを理解する助けになるかもしれません。グリーフがこのパターンに従うと予期していれば、嫌なことがあったり、つらい時期を経験したりしても、驚いたり、自分の状況が悪くなっていると考えたりすることはなくなるでしょう。